四季多彩 - 大山千枚田の風景写真集 Side-A


利用案内
有料写真
著作権者
編集後記
作品要覧
掲示板
モバイル
おたより



棚田が荒廃を始めていた、保存会さえ無かった、誰も目を向ける人はいなかった、
遥か昔に百姓が築き上げた農の遺産『棚田』、流れる時と共に棚田は忘れ去られようとしていた…。
私が大山千枚田に初めて訪れた、1995年当時の写真をご覧下さい、
今では綺麗な景観を見せている千枚田ですが、95年当時は荒廃も見られ荒れ果てて行く寸前でした。




画像について…、以前にフィルムスキャナーで取り込んだ画像を使用しているため、色彩がどぎつくなっています。
一部の画像は最新のスキャナーで再度取り込み、色彩はすでに修正してあります。


いつまで作れる水稲


今、山から里へ、田は一面の緑だ。今年の田植えは早かった。降りすぎるほどの雨の中、四月中には終わってしまった農家が多い。わが家も遅まきながら一段落。田んぼに放したコイも元気だ。山あいの小さな棚田で作業しながら、この田でいつまで稲を作れるか、ふと考えてしまう。

農民の汗と苦労で、一枚ずつ切り開かれてきた山の棚田は、その地形に沿って実に巧みに大小さまざまあり、見事としかいいようのない景観である。これからの数ヵ月、このような田は無数の小さなダムの役割をする。水を蓄え、大雨のときは田から田へ流し、やがて川へ注いで稲を育てる。環境保全の面からいえば、このような田こそ、守られるべきだろう。

水は雨水のみが頼り。高低差が大きく、機械の運搬にも一苦労。田まわりの斜面すべての草刈りも、夏の重労働。これほど作業能率が悪くても、米が大事だからこそ作ってこられたのだろう。転作や特産品など、各地で生き残る道を探してさまざまな取り組みがされてはいるが、やはり米を取り巻く諸状況の中、毎年、櫛(くし)の歯が欠けるように休耕田となっていくのが現実だ。私たちもまた、来年この田を続けるか、迷うだろう。
【1995年・東京新聞の記事】




この三枚の写真は1995年当時にポラロイドカメラで撮影した大山千枚田です、色彩を調節して見やすくしてあります。
当時は当然にここの棚田を守る保存会などなく、放置しておけば荒れ果てて姿を消して行くだけでした。
左側の一枚目は展望台から海側を見ています、1995年当時は中央部が少し、森のようになっていました。
真中の写真は山側を見ています、当時はまだ中央部が荒廃していて、今のような美しさは、失われつつありました。
1997年に大山千枚田保存会が結成され、1999年7月に日本の棚田百選が認定され、大山千枚田は関東を代表する棚田となり、毎日、多くの行楽客やカメラマンを集めています。鴨川市は数多くの棚田が残されている所です。






当サイトの写真・画像・記事などの無断転載を禁じます。著作権は撮影者・執筆者および情報提供者に帰属しています。
営利目的でご使用になられる場合は著作権者へ対価をお支払いください。

ALL RIGHTS RESERVED COPYRIGHTS (C) Web Design & Photographed by.四季多彩