▼忘れられた古峰「峰岡二ツ山」
最近の目まぐるしい風俗や流行は別として、一時でも民衆の目を引き関心に価いするものが容易に忘れ去られるならば、儚いものである。
そこは予て長狭街道を通行する度、嶺岡レーダードームの西手前に特異な二峰の山塊として望まれ、気に掛けていた山であった。

▼江戸幕府直轄の嶺岡牧
江戸時代この房総には軍馬を養成する有名な牧場が三ヵ所あり、その一つが嶺岡牧であった。
この嶺岡牧は文安二年(1445)以来約170年に亘って安房国を支配した里見氏が開いたとされているが創設年代等は詳らかにされていない。

▼長狭地域の山車・屋台
山車、屋台の名称は山車と言ったり、屋台と言ったり別々の物のようですが、これと言った定義は無く同じものと思われており、それぞれの各地で山車と言ったり、屋台と言ったりしています。当地域では楼閣上に人形のあるものを山車又は鉾・ホーコ、それ以外のものを屋台と区別しています。


主基のあゆみ
平成十二年三月 発行
大山のあゆみ
平成十四年十月 発行
田原のあゆみ
平成十五年十一月 発行


曽呂のあゆみ
平成十六年十二月 発行
太海のあゆみ
平成十八年二月 発行


▼稲霊と田の神(国立歴史博物館・展示解説シート34)
昔、越中国下立(おりだて)に粕塚(かすづか)という里があり、そこに粕塚長者とよばれる分限者(ぶんげんしゃ)がいた。長者の家には美しい一人娘がいて、わがままに育てられていたが、年ごろになった秋祭の日に、椚山(くぬぎやま)の坂東長者の息子に恋をし、やがて嫁に行くこととなった。




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